シマの行方[3]
もう7年位前のことになるが、介護保険制度ができた頃、ぼくはケアマネジャー試験の問題集やサブテキスト的な本を編集していたことがある。その時にぼくなりにいろいろ考えて自分で企画してインタビューしたものをテキストに起こしたりして、『介護保険はNPOで』という本を作った。
出版社も乗ってくれて主要新聞の1面に派手に広告も打ってもらった。しかし、結果は惨敗だった。ぼくはもっと売れると思っていたのでショックだったし、当然その後居づらくなったりいろいろあってぼくはその出版社を辞め(と言っても契約社員のようなものだったが)、介護関係の編集からも足を洗った。
その本のテーマは、要するに奄美の言葉で言えば「ゆいわく」のようなものを介護保険の現場でNPOが担うことを通して地域の人と人との結びつきを再生させよう、ということだった。その背景には東京では独居高齢世帯が増えていて、家族介護や施設介護に実質的に頼っているような現行の介護保険では対応しきれないだろうという思いがあったし、またそんな独居老人たちを孤独のうちに死なせたくないという願いもあった。
ぼくは全国の市町村の現場を見ている介護関係者なら理解してくれて読んでくれるだろうと思ったが、実際は皆NPOには関心がなかったようだ。むしろお役所の人にとってはNPOは商売敵のようなもので、今でもたぶんNPOを通じて人と人との結びつきを再生させるというような考え方は受け入れられないと思う。
結局その本でぼくがやりたかったことは、今考えれば東京でシマウタの可能性を考えることと同じだった。でも以前よりも手ごたえは感じているつもりだ。
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Comments
ミノアさん、コメントありがとうございます。
たしかに、所得の格差がある場合は難しいですネ。資産がある人はそれなりの有料サービスを受けるべきで、人々の善意に頼るNPOのサービスは本当にそれしか頼るもののない人が利用するのが一番いいと思います。
でもNPOへの寄付制度がきちんと整備されれば、そういった資産のある人が運営費用を援助したりしてみんなで助け合うこともできると思います。こうなるともうアメリカ的ですが。
介護保険は制度あってサービスなしと言われて発足しましたから、今でもそんなに機能してないと思うんですが(介護保険料が今の倍近くにならないと必要なサービスはまかなえないはず)、そのあたりは今どうなっているのかな?
日本は膨大な借金も抱えていますし、現時点でもうお金はないはずなので、この本の意図としては、そんななかで都市部で介護サービスを確保するためにはもうNPOしかないのではないかという提言だったのです。
ところで、37.6が終わるとのこと、私も知りませんでした。残念ですが、私がシマウタから学んだのは「変化しながら輝き続けること」。きっとこの先にも様々な可能性が待っているはず。シマウタのこころはきっとものすごく強いんだと思います。
Posted by: bikibiki | September 19, 2007 at 09:49 PM
多少とも現場を知る人間としてコメントします.
bikibikiさんのおっしゃることを大和で東京で実現するためには次のような前提が必要です.
みなが同じように均質にある程度貧しいこと....
そうでないと連帯の連携の意識は生まれてこないと思います.
年間所得が1000万と500万と100万と50万とでは世界が全くかわってしまって駄目です.
ただ,介護が実はボランティアに属すものであることに気づくとNPOは妥当です.
コムスンの例を見てもわかるように介護でもうけようなんて馬鹿としかいいようがない.
介護従事者が何とか食っていける世界,それが介護の世界です.
37.6が閉鎖になってしまいなんともしょげているミノアより....
Posted by: minoa | September 19, 2007 at 05:23 PM